![]() ”はるちゃん”はおんぶに満足のようです。 妻が昨日購入してきたおんぶ紐、今日からさっそく使ってみました。皿洗いをする妻におんぶされて”はるちゃん”は何故か楽しそうで、カメラ目線で恥ずかしそうにニッコリしています。 私の方は、土日に妻が用事がたくさん入り2日間は”はるちゃん”とべったりでちょっとお疲れモードという感じですね。 さて、学校統廃合を議論する「第2回区立小・中学校将来ビジョン策定検討協議会」が開催されます。市川伸一会長はどのように今後進めていくのでしょうか。皆さんぜひ傍聴してください。 【日時】平成19年11月7日(水)午後6時30分〜8時30分 【場所】 区議会第1委員会室(シビックセンター24階) 【傍聴を希望する方】 受付方法:11月5日(月)より電話(5803-1292)でお申込ください。(申込順で、定員に達した時点で締切り) ところで、「学力低下論争」(市川伸一 ちくま新書)を読みました。 市川先生(東京大学大学院教育学研究科教授)は、上記でご紹介したように「将来ビジョン策定検討協議会」の会長です。でも、この本を読んでみると、「学力低下論争」そのものより、市川先生そのものに対して興味がわいてきます。 「私自身は・・・不本意ながら『学力低下論者と文部省との中間的な立場』と位置づけられた」(008頁) 「文部省側に加担する御用学者として登場したように思われたかもしれない。」(101頁) 「文部省の内側に入って、自分の理念に合ったことは協力し、異論があれば唱えていくという立場に身をおくことにした。」(224頁) 「以上述べたように、教育についての私の考え方というのは多分に折衷的なものだ。」(245頁)というような文部省との距離の持ち方です。 この本には、市川先生が文京区教育委員会と一緒に実施している「学のポイントラリー」についてもその意義が強く訴えられていますが、「人間は、感覚器からの入力情報を、保存・加工して、出力する情報処理システムである。しかし、・・・構造化や意味づけ」が重要だともいっているんですが、ちょっと違和感がありますし、「これからの子どもたちは大変な課題を背負わされている。単純な仕事はどんどん機械化され、人間はより知的情報処理をすることが求められている。」という表現も、国際的な学力観から少し距離があるような「折衷的」な古い学力観と感じましたが、皆さんはどう思うでしょうか。 学力低下論争 (ちくま新書)
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